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#売買は対等

千円を支払って千円分の物品やサービスを受け取れば、その売り買いは対等なはずです。しかし、あたかもお金を払った側が上であるかのような風潮に、世知辛くなったものだと思います。本来の原価に対して、過剰な広告費を充てるような製品や、クレームを一定の割合で必ず発生するコストのように見込んで商品設計をするような企業の体質も、関係性を歪めているとも言えます。消費者の多くも、それに慣れ、疑問を抱かなくなってしまったのかも知れません。対等な関係は互いに見識や気配りが求められます。このバランスが崩れるとクレームも過剰になるのでしょう。接待が謝意を含んだ社交ならばともかく、接待されたから買うという姿勢ならば、どこか情けなさを感じます。必要を見極め、適正対価を支払っての売り買いならば対等で尊大になる必要も、へりくだる必要もなく、売ったか買ったかで上下が決まるという発想に根拠がないのです。料理屋さんを出る時に「ご馳走さま」、バスやタクシーを降りる時には「ありがとう」と言うように、売っても買っても互いを尊重し合う習慣は、それが自然な関係であり、良いものだと思います。(文・正木)
#恩回しのすすめ

「恩返し」は美徳とされ、感謝の気持ちを形にする行為ですが、その善意は当事者間だけで完結してしまいがちです。英語に「ペイフォワード(Payitforward)」という言葉があります。直訳すると「前へと払う」となりますが、これは受けた親切を別の誰かに手渡しながら、感謝の気持ちを未来へとつないでいく考え方です。この考え方は映画『ペイ・フォワード』でも描かれ、多くの人の共感を集めました。仏教の「回向」は、自分の善行の功徳を他者に対して差し向ける行為であり、広く他人や亡き人にその功徳を手渡すというものです。それぞれ異なる背景や価値観を持ちながらも、「自分の行為が他者のためになる」という考えには共通点があります。どちらも見返りを求めず、善意が静かに広がっていく姿勢が魅力です。時に自分を越え、時に誰かに返し、また別の誰かへと手渡していく。誰かのためにしたことが、さらに別の誰かをも支えていく。そんな循環の中に、真のやさしさや豊かさがあるのではないでしょうか。それぞれの文化が育んだ「善意のかたち」を知ることも、人との関係をより広く豊かにしてくれる手がかりとなりそうです。(文・正木)
#専有より共有 分かち合える豊かさ

錢屋カフヱーをはじめとして錢屋本舗本館には古いレコードプレーヤーや真空管アンプ、大型のスピーカーがあります。中古店で状態の良いものを見つけると、前の所有者がどれほどそれを大切にしてきたのか、そこに込められた思いのようなものを感じることがあります。だからこそ、今こうしてこの状態でここにあるのだ…と、会った事もない前の所有者に対する感謝の気持ちすら湧いてきます。それは、自分もこれを大切にして次の誰かに残さないといけないという気持ちに繋がります。
買ってしまえば自分のモノです。でも、今までそれを大切にしてきた人や、自分が手放した後も大切にしてくれる人らと、時を越えて共有する大切なモノなのだという感覚でいたいと思います。専有することが豊かだという思い込みに縛られたくはありません。むしろ共有する豊かさも大切にしたい価値観です。(文・正木)
買ってしまえば自分のモノです。でも、今までそれを大切にしてきた人や、自分が手放した後も大切にしてくれる人らと、時を越えて共有する大切なモノなのだという感覚でいたいと思います。専有することが豊かだという思い込みに縛られたくはありません。むしろ共有する豊かさも大切にしたい価値観です。(文・正木)
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#出会った人は味方

目の前の人を敵と味方に分けて考える人がいて、いつも苦しそうでした。競争社会ですから、それが当然だと思い込んでいるのかも知れません。常に誰かが敵ならば苦しくて当然です。その人に「戦うなら会うこともない連中と戦うべきだ」と言ったこともあります。30代の頃はいちいち突っかかってくる相手に「出会った人は味方だと思っている」と笑って言っていました。面白いもので、いつの間にか仲良くなるか縁が切れるかのどちらかになりました。この手の悩みは年齢と共に減り、それは切れる縁に構わなくなったからと言えますが、これでは薄情者のようですね。変えられるものは積極的に変えながら、変えてはならないものに気付くようになり大切にするようになった、と言った方が共感して頂けるかも知れません。40代では自分が定まってきたので相手がどうあれ気にならなくなり、50代からは本当に味方としか出会わなくなったように思います。60代に入り、切れていた縁が思いもよらぬことでまた繋がることがあります。生涯のつき合いになるかも知れない、これからの人間関係が楽しみです。(文・正木)
#自分軸ってどこ?

若者と話す機会があって驚いたのは、大学に入ったばかりなのに、もう就職の心配をしていることです。「先の見えない」は「未来」を不安視する際の枕詞のようで、コロナ禍においてもよく聞きましたが、まるでそれ以前は見通せていたかのようで無責任だと思っていました。当たり前のことを殊更に言って不安を共有して(皆んな一緒だと)安心を得るという心理は錯覚でしかなく意味はありません。未来がどうなるかは、どうせわからないのです。なのに、未来を予測することに躍起になる人は多い印象です。どこのチームが優勝するか、くらいのことを楽しむならば良いのですが、安心の先取りを求めるような未来予想は要注意だと思います。保険会社の業績は安定していて、学生からは人気の就職先でもあります。保険会社を儲けさせるくらいならば良い方ですが、投資詐欺に遭う遠因はここにあります。 若者には「未来を予測するより、予期せぬことに対処することの方が大切だし、それが求められている」と伝えました。わからないから、決めて良いのだし、そうなるように努力して、その結果に対して責任を取れば良いだけ…だと思います。(文・正木)
#子供の仕事は勉強なの?

子供に「子供の仕事は勉強」と言う人がいます。
親も仕事で頑張っているのだから…と勉強を励ますつもりかも知れませんし、さほど深い意味はなく学校を勤め先に見立ててのことかも知れません。
とにかく勉強をして欲しいとの気持ちを感じますが、私は意味も含めて「子供の仕事はお手伝い」だと言って、なるべく手伝いをさせた方が良いと思います。
面接で学生から「(就業までに)どんな勉強をしたら良いですか?」とよく聞かれます。
真面目さの表れでしょうが「勉強しても勉強ができるようになるだけで、仕事をしないと仕事はできるようにならないよ」と、あえて答えます。
必ずしも正解ではないのですが、頭を切り替えて欲しいからです。
勉強はあくまでも自分のためです。
勉強すれば賢くなれると信じて疑わず、勉強の成果を成績として評価する習慣が社会の常識ですが、賢い頭を何のために使うのかを考えてみないといけません。
それを問い続ける習慣が抜け落ちているように感じます。
「いくら稼いだかより、何に使ったか…」以前に、そういう価値観で、人をはかるべきだと提案をしたことがありますが、そこに通じます。(文・正木)
親も仕事で頑張っているのだから…と勉強を励ますつもりかも知れませんし、さほど深い意味はなく学校を勤め先に見立ててのことかも知れません。
とにかく勉強をして欲しいとの気持ちを感じますが、私は意味も含めて「子供の仕事はお手伝い」だと言って、なるべく手伝いをさせた方が良いと思います。
面接で学生から「(就業までに)どんな勉強をしたら良いですか?」とよく聞かれます。
真面目さの表れでしょうが「勉強しても勉強ができるようになるだけで、仕事をしないと仕事はできるようにならないよ」と、あえて答えます。
必ずしも正解ではないのですが、頭を切り替えて欲しいからです。
勉強はあくまでも自分のためです。
勉強すれば賢くなれると信じて疑わず、勉強の成果を成績として評価する習慣が社会の常識ですが、賢い頭を何のために使うのかを考えてみないといけません。
それを問い続ける習慣が抜け落ちているように感じます。
「いくら稼いだかより、何に使ったか…」以前に、そういう価値観で、人をはかるべきだと提案をしたことがありますが、そこに通じます。(文・正木)
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#比較しない 自分の基準

良い店、美味しい店をお客さんが投票して評価するアプリがありますが、私は疑問を持っています。「多くの人が良いと言っている」のは「行列のできる店なら美味しいだろう」といった感覚に近いのかも知れませんが、実際に並んでいる人が見えるならば、例えば若い人ばかりが並ぶ店だと私は(きっと嗜好が合わないと想像でき)「並ばない」という選択ができるのですが、アプリだとその行列(数値の構成要素)は見えないのでアテにならないのです。
多数決で良い店を決めるのはナンセンスで、せいぜい家族やよく一緒に食事をする友人の評判を手掛かりにするくらいで良いのではないかと思います。ただ、この言い分には年齢や経験といった要因もあるかも知れません。私も若い頃には観光地の名所の写真を撮って周るような旅行をしましたが、今は気に入った景色を見つけては写真に納めます。自分の基準で行動する方が幸福度は高まると思うようになりました。(文・正木)
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#そもそもを考え直す

コロナ禍で在宅勤務を余儀なくされた時に、そもそも会社って何だろう?と考えました。会社に集まって仕事をする意味について、です。地域のコミュニティを目指した錢屋本舗本館において、人が集まってはいけない状況下で、そもそも人が集う理由についても考えました。そこで物理的な距離だけでなく、心理的な距離の重要さに気付きました。
SNSで繋がる会った事もない人を友達という必要はあるのか?違和感を持ちながらも慣れて、いつの間にか当たり前になってしまったものや、常識と言われながら思い込まされたものを考え直してはどうでしょうか。「そもそも… を考え直す」の「…」には何でも当てはまると思います。仕事は誰のため?では、勉強は?お金の価値って?情けは人の為ならずと言うけれど、ボランティア活動とは?信仰、人を救うはずの宗教でなぜ人が苦しむのか?なぜ家族が大切なのか?日々の食事はどれくらい大切か?等、何でも…。
誰かと議論をする必要はないと思うのですが、自分の中で思考の棚卸をしてみてはいかがでしょうか?そう言えば「そもそも漬物とは?」を考えてみましたが、字数の制約で次号に譲ります。
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#後で調べるより、今考える

社内外の会議で、若者が黙ってメモをとる姿をよく見かけます。どうやら「後で調べよう」と考えているようです。その真面目さは頼もしい一方で、自信のなさにも映ります。たとえ未熟でも、既にある経験や知識を総動員して「いま、この瞬間に考え、言葉という成果を示す」ことに意味があります。正解を求める教育を受けた若者が、つい見落としがちなのは、会議の、互いの考えを交わし合って新しい気づきを育てる場としての価値です。そこから議論が広がり、本人だけでなく周囲にとっても学びとなります。これは、私のような年長者にとっても教訓を含んでいます。経験を今に照らすことなく、答えを決めつける根拠にしてはいないか。年齢を重ね、増えた思い出のアルバムに残る風景はすでにそこには存在しません。けれども、その時々に感じ考えたことは確かに生きており、それを今の言葉として紡ぐとき、経験は豊かさとなり、未来の誰かに活かされるのだと思います。(文・正木)
#悪いのはプラスチックか人間か?

プラスチックは、かつて人の英知が生んだ〝未来の素材〞でした。軽くて丈夫、清潔で安価。医療現場や災害時に、どれほど多くの命を支えてきたことでしょう。百円ショップに並ぶ便利グッズも然りです。けれども、いつしか人はその恩恵を当然と思い、使い捨てるようになりました。交通事故をなくすために「脱自動車」の運動は起きません。事故を防ぐには、人がルールを守り、扱いに慣れ、産業側には安全技術の向上が求められます。プラスチック製品やそのリサイクルも、同じように考えることはできないでしょうか。安いからといって使い捨てず、処分のルールを守り、リサイクル技術や再利用(素材・エネルギー)の仕組みを工夫する――それは、制度策定や産業側の努力も含め、その恩恵を享受する人の責任です。環境問題は、ときに政治の道具にもなります。だからこそ流行やスローガンに流されず、そもそも大阪に息づく「始末の精神」を見直してみてもいいかもしれません。それが、ほんとうの意味での環境への敬意なのだと思います。(文・正木)
















































