《ゼニヤのキホン》 2022.8月号より

懐かしいのか、新しいのか…

錢屋本舗本館には古いオーディオセットがあります。錢屋カフヱーで鳴っているのはJBL4345という80年代のスピーカー、低音域を担当するウーファーは46㎝でJBLでも最大級です。90年代に入るといわゆる軽薄短小の時代に突入しスピーカーも小型化され電気的な技術で音を再現する方向へと開発の方針が変わっていきましたが、大きな紙の膜を振動させて大きな木の箱そのものを楽器のように鳴らすこの方式(箱鳴りと言ったりします)のスピーカーの音は自然で聴き心地が良いと思っています。箱が鳴るのは良し悪しなのですが、この場合は104㎏の重量で共振は抑えられています。据わる台座はH型鋼を鍛冶屋さんに加工してもらいスピーカーの箱に合わせた板材をはめ込んで作ってもらったもので、中音域の25㎝ウーファーがだいたい立っている人の耳の高さになるように調整しています。この台座も80kg程あって硬質ゴムで共振を抑えています。

20代くらいの女性がスピーカーの前に立って聴き入っているので声を掛けたら初めて聴いた音だというのです。話してみたらモバイル端末でストリーミングした音楽をイヤホンで聴いているとのこと。この若者にとって音楽は空気を振動させて伝わってくる音ではなかったのです。耳に入れたイヤホンは頭蓋骨も振動させますから確かに聴き心地は違います。大型スピーカーが空気を振動させ、それを鼓膜の振動で感じ取る音楽は彼女にとって「新しい音」だと言っていました。

世代を越えて繋がるヒントが

この大型スピーカーを鳴らすパワーアンプは90年代のMcIntosh MC2600で600W+600Wの大出力です。本当はこんな出力は要らないでしょうが、そんな時代でした。コントロールアンプはMARK LEVINSON LNP-2Lで調整が難しいですが名器です。CDプレーヤーはMcintosh MCD301。レコードプレーヤーは80年代のYAMAHA GT-2000を少し改造して使っています。DENON DL-103R MC型のカートリッジでアナログ盤レコードをかけています。若いスタッフが扱いに慣れずしょっちゅう針を折ってしまうので故障中の場合は申し訳ありません。MC型はトランスで昇圧するなど面倒なところもありますが、針の交換ができるのと、何よりも高音域の再現力に優れているので弦楽器や女性ボーカルを聴くときにはゾッとするくらい素晴らしいです。

ある世代にとっては懐かしい音が、若い世代にとっては新しいと感じられることがとても面白く、嬉しくなりました。ここにも人同士が繋がるヒントがありそうです。(文・正木)