UEMACHI & LIFE 2024.9月号

小味渕 智雄さん
社会医療法人景岳会 南大阪病院
臨床検査科顧問
南大阪看護専門学校 学校長

10年前と今とで、この町は何が良くなって何が悪くなったか。
そして10年後は?暮らす、働く、楽しむ、学ぶ、育てる、育つ、老いを迎える…。
この町を行き交うさまざまな人が、それぞれの思いで描く10年後の寄せ書きです。


親しみをこめて『上六』

皆さまご存知かと思います。上町筋と千日前通との交差点が上本町六丁目、そうです『上六』です。かなり昔になりますが近鉄電車の終点でもあり、路面電車も走っていました。

その近辺の一部が現在の石ヶ辻町です。昭和初期、その場所に隣接した筆ケ崎町に建造されたのが大阪赤十字病院です。

私は昭和41年から内科医師としておおよそ40年間この病院に勤務していました。人生の半分近くを過ごしたこの地域が私の身に沁みついていても不思議はありません。

もちろん勤務医としての想い出が多かったのですが、現在の「ハイハイタウン」が建つ前のあの雑然とした飲みや街の雰囲気が忘れられません。よく行きました。焼肉、天婦羅、串カツ、そしてみそ味のしみ込んだ土手焼き、のれんをくぐって隣の客と肩を触れ合いながらジョッキをかたむける、最高でしたね。

時代につれて周辺の様子も変わってきました。赤十字病院も新しく建て替わって20年以上になります。今まで気づかなかったところに新しい食事処が開店していて、時には昼休みに外食するのも楽しみのひとつでした。駅からの通勤路に学習塾「浜学園」が開校したのは何時頃だったでしょうか。駅前の「近鉄劇場」に変わって「新歌舞伎座」が移転してきて、もうかなりの日にちが経過しましたね。

このいわゆる『上六』の一画に、上本町を愛する私たちが、堅苦しくなく文化的なものを味わい楽しむことのできる「錢屋塾」が開設されたのは嬉しいことです。昨今は”タイパ”とか”コスパ”とか言われ、何事にも効率的に行動するのが優れていると評価されることが多いようです。もちろんそれが大切な場合もあるでしょう。しかし少し別の角度で周囲を眺め、少し視野をひろげて考えてみるのも悪くはないと思います。

上本町を愛する人がますます増えるように、「錢屋塾」さんが今後も更に親しみのある企画を提供していただくことを期待しております。

《追記》私は65歳で大阪赤十字病院を定年退職し、現在の病院および看護専門学校に勤務して20年程になります。