UEMACHI & LIFE 2022.9月号

井上 涼さん
ジュンク堂書店 上本町店
店長

10年前と今とで、この町は何が良くなって何が悪くなったか。
そして10年後は?暮らす、働く、楽しむ、学ぶ、育てる、育つ、老いを迎える…。
この町を行き交うさまざまな人が、それぞれの思いで描く10年後の寄せ書きです。


桃陽地区の名を社名に
石ヶ辻から世界へ

 ちょうど十年前の私は、とある大学院の院生室と図書館と自室とで、昼夜問わず修士論文執筆のためにPCに向き合っていました。

研究対象が近代文学の作家だったので、小説や評論や批評、エッセイなどずっと何かしらの本を抱えていたのですが、十年経った今も相も変わらず様々な本を抱えてPCに向き合っています。

おそらく十年後もそうしているのではないでしょうか。
そんな私がジュンク堂書店上本町店に着任したのは昨年の九月でした。

上本町には、上町台地の中心で、戦後闇市閉鎖の跡地に地元住民たちが復興・発展させてきた街、という程度の知識しか持ち合わせていなかったのですが、初めて来た時は、想像していたよりも随分と洗練されていて、静かな街だと感じました。

思い返すと、当時は新型コロナウイルス感染「第五波」の最中で、駅周辺の人通りもまばらで、静かと感じたのは当然です。
今はまた違った、もっと充溢した印象をこの街に持っています。
そして上本町は、これからまだまだ発展していく街だと確信しております。

 十年先の「街の発展」ということを考えた時に、「経済的発展」を想起する人は多いのではないでしょうか。

しかし、「街の発展」とはそれだけに集約されることではありません。
では何かということをここで詳しくは問いませんが、一つだけ言えることは、その答えを思考するためにこそ書店はあるのではないか、ということです。

十年前の2012年は、村上春樹の長編小説『1Q84』が文庫化された年でした。
周知の通り、ジョージ・オーウェルの近未来小説『1984年』に対して「近過去」を描いた物語です。

私たちは、『1Q84』で「描かれなかった現実」を繰り返してはいけないし、『1984年』で「描かれた虚構」を実現させてもいけない。
そしてそれは、様々な物語に触れることによってでしかなし得ないのです。

これからこの街がその名の通り、物語の上にまっとうに発展していくことを切に願っております。