UEMACHI & LIFE 2023.3月号
桂 吉坊さん
落語家
10年前と今とで、この町は何が良くなって何が悪くなったか。
そして10年後は?暮らす、働く、楽しむ、学ぶ、育てる、育つ、老いを迎える…。
この町を行き交うさまざまな人が、それぞれの思いで描く10年後の寄せ書きです。
上本町が人の活きる町である限り
僕ら落語家も生かしてもらっている
「上町のおっさん」は、数ある上方落語のキャラクターの中で、実在の人物だ。この人、何かと話題に出てくるのだが、ほぼ本人は出てこない不思議な人で、登場人物が何処かに出掛けて行った先が「上町のおっさんとこへ行ってまだ帰ってこん」だの、無筆の男がもらった手紙の主は「上町のおっさんからと違うやろか」と予想したり、身内のようなそうでないような、近いような遠いような、〽声はすれども姿は見えず、ほんにお前は屁のような…なんて茶化すとバチが当たる。というのも、僕、桂吉坊にとっても祖縁の師にあたる人なんである。
「上町のおっさん」。その名を七代目桂文治。当時、上方落語で浪花三友派の頭領、二代目の桂文團治から七代目桂文治を襲名、桂を名乗る落語家の家元となる。孫弟子やひ孫弟子、一門は百人を超えるという権勢をふるった師匠であったが、大正半ばの華々しい引退興行の後、昭和三年に亡くなったのを知る人は何故か少なく、それは寂しい最期だったそうだ。それを思うにつけ、僕の大師匠の桂米朝が、自身の入門の時に師匠四代目桂米團治に言われた「末路哀れは覚悟の前やで」という言葉の重みが知れようというものである。
江戸時代に今日の芸態ができた落語だが、上方落語は今も残る大阪の町を舞台として様々な物語が展開する。座布団の上で喋る落語家の口から出てくる登場人物は、物語と現実の町並みを縦横無尽に駆け回る。上町にはおっさんがいて、お彼岸になれば天王寺さんにお参りにでかけ、喜六清八のおなじみのコンビは安堂寺橋から伊勢参りへと旅立つ。若い者が寄り集まって「上六の交差点で…」なんて言い出したりする。
人間の寿命は数十年というものだが、その人間が紡いできた町の歴史には、何百年何千年という営みがあり、だれかがどこかで繋がっている。時代を越えて通じる人の気持ちを芯にして落語は生き残ってきた。
この町が人の活きる町である限り、僕ら落語家もまた、そこに生かしてもらっている者の一人であると信じている。

