《ゼニヤのキホン》 2026.4月号より

劇場がある町【後編】生活と劇場文化が 交差する町

大阪・上本町は、交通の結節点として発展してきた町ですが、同時に劇場文化と交わってきた場所でもあります。その象徴の一つが、かつて近鉄会館内にあった近鉄劇場や近鉄小劇場だったことは前編で書きました。しかし2004年に両館が閉館して以降、上本町には常設の劇場がない時期が続きました。2010年に新歌舞伎座が現在地へ移転するまでの約6年間、駅前に舞台の灯りがともらない時間が流れていたことになります。かつて観劇のために人が集い、終演後の余韻が町に広がっていたことを思えば、その空白は決して小さなものではありませんでした。

近鉄小劇場の文化的土壌を受け継ぐかたちで再編され、2014年に再出発したのが、あべのハルカス内の近鉄アート館です。規模は限られながらも、新しい表現や実験的な試みに向き合う姿勢は、近鉄小劇場の精神を感じさせるものでした。上本町から場所は移りましたが、その役割は大阪の中で確かに引き継がれています。

そして2010年、新歌舞伎座が上本町へ移転しました。名称から歌舞伎専門の劇場と思われがちですが、実際には演劇やミュージカル、レビュー、コンサートなど幅広い公演を行う劇場です。移転以降、観劇を目的に上本町を訪れる人の姿は再び日常の風景の中に見られるようになりました。開演前に周辺の店で食事をする人、買い物帰りに劇場前を通り過ぎる人、終演後に駅へ向かいながら感想を語り合う人。日常の用事と観劇の時間が同じ通りで交差する光景は、この町ならではのものです。劇場の灯りが戻ったことで、町に流れる時間の質にも変化が感じられます。

これまで新歌舞伎座で歌舞伎公演が行われる機会は多くありませんでしたが、2027年には新春歌舞伎が大阪松竹座に代わって新歌舞伎座で上演される予定とされています。伝統ある新春公演がこの地で幕を開けることは、上本町にとっても象徴的な出来事となるでしょう。生活圏の中にある劇場で新春歌舞伎を迎えるという経験は、この町の文化的な位置づけをあらためて意識させる機会になりそうです。

大阪のみならず都市部では近年、大規模な劇場の整備が進み、都市の文化発信力は高まっています。その一方で、近鉄小劇場のように中小規模(400~500席規模)で新しい才能や実験的な試みに向き合う場は、以前ほど身近な存在ではなくなっています。規模の大きな公演が都市のにぎわいを支えることは確かですが、演劇文化を持続的に発展させていくためには、若い表現や挑戦を受け止める小さな場もまた欠かせません。

大きな舞台と小さな表現の場が、それぞれの役割を担いながら共存すること。その構造があってこそ、大阪の演劇は世代を越えて更新されていきます。上本町で劇場の灯りが再びともり、近鉄アート館があべので挑戦を支え続けている今、大阪の演劇文化は変化を受け入れながらも脈々と受け継がれています。

これからの上本町に求められるのは、特別な変化を打ち出すことよりも、劇場のある日常を着実に積み重ねていくことかもしれません。通勤や買い物の延長に舞台があり、観劇の余韻を抱えた人が同じ改札を通る。その重なりが自然に続いていく町として、新歌舞伎座を中心に、上本町がこれからも演劇文化を支える場であり続けることを期待し、応援したいと思います。(文・正木)