《ゼニヤのキホン》 2025.11月号より
昭和の喫茶店文化に息づく、町の居場所
前号でミックスジュースの思い出から商品開発までを書きながら、昭和時代の喫茶店について考えました。今回は、触れきれなかった昭和の喫茶店文化についてまとめます。
昭和の喫茶店は、単なる飲食の場ではなく、人々の生活に深く根付いた文化でした。柔らかな電球の光に照らされた店内には漫画や新聞、将棋盤などが並び、客は時間を忘れて過ごすことができました。店主と常連客の自然な会話や、顔なじみ同士の交流は、現代のカフェにも求められる「居心地の良さ」や「コミュニティ形成」の原型と言えるでしょう。当時の町には、個人経営の喫茶店が数多く存在し、それぞれが独自の個性と工夫を持っていました。地域に根ざした「第三の居場所」として機能していたのです。学生が集まりやすい店、仕事帰り(仕事中?)のサラリーマンが休む店、高齢者や家族連れが安心して入れる店、行き場のない子どもたちの拠り所となる店など、町の多様なニーズに応えていました。喫茶店は「町ごとに顔を持つ存在」だったのです。一方で現代は、チェーン店が全国に広がり、どこでも同じサービスを受けられる便利さはあるものの、地域や利用者に合わせた細やかな個性は薄れつつあります。
現代のカフェは利便性の追求によって誰でも入りやすい雰囲気を備えていますが、地域に深く根付いたコミュニティにはまだ課題があります。常連客を大切にする姿勢や地域イベントとの連携など、昭和の喫茶店に学ぶ「地域とのつながり」は、居場所としてのカフェの魅力を高めるうえで大切にしたいものです。昭和の喫茶店から学べるのは、単なる飲食にとどまらず、滞在そのものを価値ある体験に変える工夫です。棚に本や雑誌を置く、店主やスタッフとの会話を楽しむ、小規模な展示やイベントを行うといった仕掛けは、現代のカフェでも心豊かな空間づくりにつながります。さらに昭和の喫茶店文化は「五感で楽しむ空間」を大切にしていました。店主の趣味を反映したレコードから流れるジャズやクラシック、手作りスイーツ、温かみのある照明や家具など、香り・音・触感・視覚に訴える演出は、効率重視の現代カフェでは見落とされがちです。こうした工夫を加えることで、訪れる人々に記憶に残る体験を提供できると思っています。
結局のところ、昭和の喫茶店から現代のカフェが学ぶべきは、飲食や空間そのもの以上に、時間や人を共有する場であるという原点です。効率を求めてつくられたお店には効率を求める人が集まるのは当然ですが、生活の場としての町には、心地よさや人とのつながりを求める人のためのお店も必要です。錢屋カフヱーは11月13日で10周年を迎えます。皆さまの日常に、その役割を担うお店でありたいと願います。 (文・正木)

