coffee

《ゼニヤのキホン》 2026.10月号より

#令和の昭和ブレンド

錢屋カフヱーのコーヒー豆を、仕入れから見直しています。シングルオリジンの自家焙煎の種類が増える見込みです。2015年に店を開いた頃、コーヒーの世界には「サードウェーブ」と呼ばれる新しい潮流が押し寄せていました。私もそれがどんなものか確かめたくて、東京の専門店まで出かけました。その頃、料理の世界では低温調理が広まり始めていました。衛生管理技術の進歩もあって、素材に必要以上の熱を加えず、その持ち味を引き出そうという考え方です。分野は違いますが、私にはどこか似た流れに感じられました。支持する人も多く、その理屈はよくわかりました。ただ、私にはしっかりと焼いた香ばしさは捨て難く、コーヒーも同じでした。浅煎りにして豆の果実らしい酸味や香りを楽しむ。その面白さは理解できても、自分が毎日飲みたいのは、もう少し深く焙煎された、香ばしい香りや味わいのあるコーヒーでした。そこで錢屋カフヱーは、流行をそのまま追うのではなく、中深煎りの「自家焙煎イチバン錢屋マンデリンNo.1」を中心にして開業しました。

振り返れば、日本にはそれ以前から、昭和の純喫茶に象徴される独自のコーヒー文化がありました。ネルドリップやサイフォンで一杯ずつ淹れ、香りや味わいを楽しむ。コーヒーだけでなく、店の空間やそこで過ごす時間まで含めて味わう文化だったように思います。一方、当時流通していたコーヒー豆は、「ブラジル」「コロンビア」といった名前で大きく括られることが一般的でした。これは、ワインを「フランス」「イタリア」「チリ」と呼ぶくらい大きな括りと言えます。

そこに2010年代、サードウェーブという大きな波がやってきます。この潮流がもたらしたものの一つは、シングルオリジンと言われ「どこの国の豆か」だけではなく、「どの地域の、どの農園で、どのように育てられ、精製された豆なのか」まで味わうようになったことでした。ワインが産地や畑によって味わいを変えるように、コーヒーにも、その土地の標高、気候、土壌などが生み出す個性があります。完熟した実を選んで収穫し、精製や発酵の方法を工夫することで、その個性はさらに引き出されます。バイヤーが産地へ直接足を運び、生産者の仕事や品質に見合った対価を支払う動きも広がりました。昭和の喫茶店では知ることのできなかった豆の素性までもが、ずいぶん見えるようになったのです。

そして今、私が面白いと思っているのは、ここからです。素材の個性を味わうなら浅煎りにする、という考え方には一理あります。しかし、良い素材だからこそ、中深煎りにしてもなお美味しいコーヒーがつくれるのではないでしょうか。昭和世代にはおなじみのモカ、ブラジル、コロンビア。かつて喫茶店で「ホット」あるいは「ブレンド」と注文すれば出てきた、香ばしく、ほどよく苦く、少し甘みも感じるバランスのいい一杯。それを、今の時代だから手に入る、産地も農園も栽培方法も精製方法もわかる質の高い豆でつくってみたいと思っています。昔のコーヒーを、そのまま復刻するのではありません。昭和に愛された組み合わせを、令和の豆でつくる。昭和の喫茶店文化が育てた味わいと、サードウェーブ以降に進化した豆の世界。その二つを一杯の中で出会わせる。それが、錢屋カフヱーの「令和の昭和ブレンド」です。(文・正木)