《ゼニヤのキホン》 2026.5月号より

どこかで会った気がする味 ―錢屋カフヱーの商品開発―

錢屋カフヱーのメニューや商品開発は、基本的には製造に携わるスタッフが担っていますが、私は2015年の開業以来、必ずその過程に関わってきました。私が大切にしているのは、流行や売れ筋ではなく、自分の中にある「食にまつわる楽しい記憶」です。ただ、それは特別なものではなく、多くの方にもどこか共通する感覚ではないかと思っています。また、その感覚が合うお客様がリピーターとなって下さっているのだと思います。

たとえば、錢屋プリンを開発したときのことです。当時はいわゆる「ふわとろプリン」が全盛でしたが、そこに合わせるつもりはありませんでした。目指したのは、卵の香りがしっかりと立つ、少しかためのプリンです。「多少スが入ってもいい」と話していたのを覚えています。子どもの頃に食べた、手づくりのプリンがそうだったからです。もっとも、商品化の段階では見直され、現在のプリンにはスは入っていませんので、その点はご安心ください。

こうした原点は私個人の記憶ですが、「なぜかまた食べたくなる味」や「ふと思い出す味」は、どなたにもあるのではないでしょうか。誰かと過ごした時間や、そのときの空気感と一緒に残っている味です。私にとっての「美味しい」は、そうした楽しく幸せな記憶と結びついています。

一般的な商品開発では、市場調査をもとに味や見た目、価格、保存性などを組み立て、多くの人に受け入れられるバランスが重視されます。その中で、品質を安定させるために添加物が使われることもあります。それは一定の美味しさを保つための、合理的な方法として広く用いられています。

一方で、私たちは化学合成された添加物を使用しません。そう決めると、日持ちや食感、見た目の安定性などで難しさが出てきます。それでも使わないのは、大量生産や拡売にこだわらず、「使わなくても成り立つ形を最初から考える」からです。素材の組み合わせや製法を工夫し、無理に整えなくても自然においしく感じられるところを探っていきます。

そのため、出来上がるものは均一な美味しさとは少し違うかもしれません。日によってわずかな違いが出ることもありますし、合成香料を使わないので、例えば苺の香りが、噛む前から立つということはありません。それでも、ひと口食べたときに「なんだか落ち着く」と感じていただけたら、それが良いと思っています。

個人的な記憶を出発点にしながらも、それをそのまま押しつけるのではなく、多くの方に無理なく受け取っていただける形に整えることは欠かせません。懐かしさや安心感といった感覚に寄り添いながら、日常の中で自然に選ばれる味にしていく。その積み重ねが、長く続く商品につながるのだと思います。

特別な一品でなくても、「また食べたい」と思っていただけること。美味しい、ということだけでなく、その時間が心地よいものになること。素敵な人との出会いがそうであるように、「どこかで会った気がする」、そして「また会いたい」…私たちは、そんな商品をこれからもつくっていきたいと考えています。(文・正木)