《ゼニヤのキホン》 2024.5月号より
日ノ本を目指した遺伝子
春分だというのに日本列島は寒波に見舞われました。それでも晴れの予報だったので八ヶ岳に登りました。気温が低いと(空気中の水蒸気量が減るので)空がキリっと澄み渡ります。この日は山小屋で氷点下20°Cでした。使っている時計は山岳用で耐低温仕様ですが氷点下10°Cが限界です。体温で維持しますが、腕から外すと止まります。
スマホは最新型ですがカイロを貼っておかないと一瞬でバッテリ―が落ちてしまいます。普通の機械類の限界はこれくらいでしょう。稜線に出ると風の影響で体感温度はさらに下がりますが、しっかり食べておけば動き続けられ、動いている限りは熱を生み出し体温は下がりません。もちろんそれなりの装備でいくのですが、それでも人間の身体の順応性に感心します。
人類の祖先は、200万年前にアフリカで発生し、40〜25万年前に分化して現代の我々の直接の祖先にあたるホモサピエンスが出現したそうです。10万年前にヨーロッパへと移動し、そこからユーラシア大陸全域へと広まっていきました。一部はさらに東を目指し、日本列島に辿り着いたのが4〜3万年前だということです。4万年前の地球は氷河期で絶滅した種もありましたが、生き延びた人類がいたからこそ、今の私達がいるという事になります。
人類が氷河期を生き延びた要因はそれぞれの発生年代は違いますが、火を使用したこと、狩りをする道具を発明しマンモスなどの大型草食獣を食糧にできたこと、針のような道具を発明し毛皮などを縫い合わせて身にまとったこと等が挙げられています。さらに環境に適応しながら移動をし続けた果てに日本列島に辿り着いた人たちが、後に縄文人と呼ばれるわけですが、火山地帯で地熱が高く、赤道付近で暖められた海流(その一部が黒潮)の影響もあって生存しやすい環境であったようです。
日本人の祖先は太陽が昇る方向を目指して移動を続けたのではないかと想像します。登山の際に山頂で日の出を待つ時も、その前後で明らかに体感温度が変わり、陽の光を浴びると力がみなぎる感覚があります。明るさと温かさをもたらす太陽に、生き抜くために必要な根源的な何か、安心や希望といったものを感じ、求め、それを目指したくなる気持ちには共感できます。日が昇る方向を目指して東の果てまで移動してきた一団の、その遺伝子が、この地が国として成るときに日ノ本(ヒノモト)であると考えたのでしょう。太陽神である天照(アマテラス)大神を祀ることも偶然ではないはずです。唐突に思われるかもしれませんが、ソソラソウは遺伝子に組み込まれた縄文的感覚を信じ、生きるために必要な根源的な何かから豊かさを見直そうとしてできた空間です。(文・正木)