見えない扉を開く

若者たちが幹事の役を譲り合い、最後は罰ゲームのようにジャンケンで決める場面を目にしました。責任を避け、目立って優等生のようにみられては、とためらうのでしょうか。教室の最前列を避ける心理にも通じているように感じます。手間や責任を引き受けることは、一見すると「損」に思えるのかも知れません。しかしそれは、未知の領域や次の段階へと進む入口でもあります。指示を待つだけでは見えない世界が、引き受けた瞬間から広がる。困難の中で工夫を重ねる経験は、確かな自信となり、人との絆を深め、さらなる機会を呼び込む力へと変わっていくでしょう。この構図は、若者に限った話ではありません。私たち年長者もまた、いつの間にか無難さを賢明さと取り違え、遠慮を美徳と解釈して、手を挙げる機会を見送ってはいないでしょうか。飛躍の機会は、誰かが用意してくれるものではなく、引き受けた者の前にだけ現れる「見えない扉」なのだと思います。気づかなければ、ただ通り過ぎていく。飛躍も破綻もないままに。その前に立ったと気づいたとき、一歩を踏み出せるかどうか。年齢を問わず、私たち一人ひとりの姿勢が試されているように思います。(文・正木)