どこに宿るとも知れない神様を探す
たこ焼きに、二本の爪楊枝が刺さって出されることがあります。誰が始めたのかはわかりませんが、いつの間にか当たり前のように広まりました。私には、この二本目の爪楊枝は、正統進化というよりも、偉大な発明に思えます。それを考えついた名もなき誰かに、敬意を抱かずにはいられません。実用新案など思いもよらない、市井の商売人が、手元にあるものを活かして生み出した工夫なのでしょう。たこ焼きは百円玉が普及した昭和四十年代、一舟十二個から始まり、その後も六個百円で買える時代が続きました。小ぶりで粉の比率も高く、爪楊枝は一本でも食べられました。ところが、五百円玉の普及と関係があるのかはともかく、大ぶりで「外はカリッと中はとろり」のタイプが主流になると、一本では食べにくくなりました。そのとき、爪楊枝をもう一本添えるだけで、Ⅴ字にして刺せば形を崩さずに口に運べる。価格が五百円へと変わっても、それだけの工夫(コスト増)で課題を乗り越えた発想は、どこか神がかり的とも思え、心惹かれます。最近では割り箸が増えましたが、私が探してでも食べたいのは、商売の神様が宿るあの二本の爪楊枝のたこ焼きです。どこに宿るとも知れないそんな神様を探すのは、楽しいものです。(文・正木)

