錢屋本舗本館

錢屋塾 おおさか講座 特別連続講座 レポート(第1回)

錢屋塾おおさか講座とは
「錢屋塾 おおさか講座」は、大阪人が大阪の良さを再認識し、
自信と誇りをもって内外に大阪を語れるようになることを目指します。
歴史的にも文化的にも価値ある要素がたくさん埋もれている上町台地を中心に大阪全体を、
あたかも埋蔵資源を発掘するように掘り起こし、再発見、再確認しましょう。
元々あるものの価値に気づき、それを今とこれからに生かしていく提案をしてまいります。

コロナ禍の今、私たちにできるのはアフターコロナを真剣に考えることかもしれません。
「錢屋塾 おおさか講座」では特別講座〔全7回〕を実施し、そのあり方を皆さんと一緒に考えます。

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第1回 (2020.7.28)
コロナ禍後社会を考える基本的視座
講師:
大阪ガス株式会社エネルギー・文化研究所 顧問 池永 寛明氏

第1回目のテーマは現在に至る日本社会を顧みながらコロナ禍後を考える「基本的視座(総論)」。アベノマスクと揶揄された国の対策、オンラインによる特別定額給付金申請の混乱は今も多くの人々の記憶に新しいところです。ただ、これらはコロナ禍で表面化されたものの、池永先生は「以前から予兆はあった」といいます。「目の前にある問題(trouble)への対症療法ばかりを行ってきた日本は、その原因である課題(problem)に向き合う根治療法が苦手。物事の本質をつかめないから『マスクが足りない=みんなに配ろう』という発想になるのです」。

大阪人は「なんでやねん!」というツッコミをよく口にしますが、語末を「なんでやねん?」にすると疑問形に変わります。池永先生は「日本人全体として疑問を持つ意識が薄れている」と感じ、それも根治療法に向き合えない一因と自戒します。

「禍」と「災」。どちらも「わざわい」を指す漢字ですが、意味はそれぞれで異なります。「災」 には元に戻せる、「禍」には元に戻らないという意味があり、今後社会が大きくリセットされることを見越してマスコミや識者が「コロナ禍」の表現を用いているのなら、この言葉のチョイスはあながち間違っていないといえるでしょう。

そうした先見の明でいえば、 時の内閣で経済企画庁長官を務めた大阪玉造生まれの作家・堺屋太一さんが残したメモは非常に興味深いもの。経営者の友人と雑談した際、1990年以降の時代の動きをその場でグラフに描き示しました(下画像参照) 池永先生はそこに過去の日経平均株価の数字を重ね、堺屋さんは90年以降に訪れる『失われた30年』を予見していたのだろうと解説しました。

日本は何を読み違えて「失われた30年」に陥ったのでしょう? 「モノありき」の文化が日本に根強くあることもその要因の1つだと池永先生は指摘します。世界に大きく後れをとったスマートフォン開発は顕著な例。より小さく、軽く、薄いガラケーを生み出す優れた技術はあっても次世代のライフスタイルにまで目を向けられなかった現実がそこにはあります。

さらに未来社会を牽引するといわれるIT・AIの活用においても、「人ありきではなく︑過去を省みず『IT・AIで何ができるのか』という技術ありきで構想を描いている」と警鐘を鳴らします。モノから人へ、今はまさに発想を転換する時――。社会のあり方をリセットするといわれるコロナ禍は、旧態依然とした日本を新しく変えるチャンスなのだと今回の講演で再認識することができました。

<受講者の声「今日知ったことを明日からどう活かす!?>
・日本はハード(モノ・技術)とソフト(人)とが混在してしまっていると今回の池永先生の講演で気づかされました。
・「失われた30年」から続く今のコロナ禍は戦後最大の危機かもしれない。しかし、その認識が日本全体に行きわたっていない気がします。

大阪人が大阪の良さを再認識し、自信と誇りをもって内外に大阪を発信できるようになることを目指します。
一緒に考え、学び明日からに活かしましょう!