錢屋本舗本館

上本町人~上本町の愛され人~『手作りパン 木村屋』

上本町には街を愛し、愛されている人がたくさんいます。
なじみあるあの人やあの店の上本町とのかかわりや歴史、自慢できること、
これからのことまで、根掘り葉掘りと聞きました!

\手作りパン 木村屋 三代目/
浅井 信義さん
浅井 容子さん

昔からの味と思いをつないでいきたい

これだけは残さなあかん!

信義さん

創業は戦前だと聞いてます。大爺さん(初代)が四国から荷物ひとつで出てきて、
最初に行き着いたのが大阪の日本橋。頼み込んで働かせてもらったパン屋の名前「木村屋」をずっと使わせてもらってます。今の場所に移ってきたのは約70年前ですね。
僕は三代目です。高校を卒業して料理の専門学校へ行ったら、いろんな先生から 「パンの筋がいい」 と言ってもらえたんですよ(笑) 。自分でもパンの授業が面白かったので、この道を目指しました。でも、家でパン作りを教えてもらったり、手伝うことは一切なかったです。大爺さんは「近づくな!邪魔すんな!」っていう職人気質の人で、親父(二代目)も目で見て盗んだって言ってましたね。僕は店に入ったときに、上段のドッグパンの作り方だけは親父に聞きました。初代からあるパンなので、これだけは残さなあかんと思ったんです。今でもずっと教えてもらった通りに作ってます。

容子さん

昔あったパンの復刻希望もよくいただきますが、うちは3人ともレシピが頭の中なんですよ(笑) 。初代が自分の頭の中のレシピと匙加減で作っていた味と形は、二代目も三代目も再現できないんです。コーヒーパンとかカレーとキャベツにウインナーが入ってたスティックとかよく言ってもらいますね。

(餡も生地も手作りで、家族が力を合わせて作るピロシキ。二代目が作った木村屋の味のひとつ。)

家族でやるからつながれる

容子さん

家族でやっているからこの良さはありますね。3年前にずっと店に立っていた母がなくなったんですけど私たちだけでなくお客さんにとっても大きい存在で、今でも写真が片付けられないし、母宛に来てくれるお客さんがいてます。私も一緒にやってきたからお客さんの顔を少しずつですが覚えてますし、やっぱりバイトさんを雇ったり、職人さんを雇ったりするのとは違う、長いスパンでのお客さんとのお付き合いが、家族でやってるからできてると思うんです。手作りで手渡し、そして人と人のつながりを大切にしていきたいです。

信義さん

親父が今78歳ですけど、70歳近い人が来てくれて親父を「兄ちゃん」って呼ぶんですよ。僕は 「息子」 って呼ばれます(笑) 。今、パン屋っていろいろなタイプがありますけど、 うちはうちでこの形をていこうと思ってます。

ご近所付き合いがあるから

信義さん

僕からしたら上本町は優しい人ばっかり。ほとんどここに住んできたのでこういうものなんかなと思ってますけど(笑) 。隣家で火事があったときも、爆発音に驚いて見に行くと、全部の窓から煙が出てるのに住んでる人が外にいない。戸を開けたら中にいて、抱きかかえて運び出しました。あとで消防署から表彰してもらいましたけど、誰が住んでるのか、その人達が逃げているかがわかったからすぐに消火活動ができたそうです。その後、自分たちも家に入れなくて惨めな思いをしていたらご近所の人たちが声をかけてくれて、 本当にありがたかったです。ご近所さんの力を感じました。

小さい子がお小遣いで買えるパン

信義さん

僕の中では、小さい子がお小遣いをもって買いに来られるようなパン屋で、いつまでもいたいんですよ。だから新作を作るときも、考えるのは価格です。うちは小さいお子さんからお年寄りまで安心して食べてもらえる地元の手作りのパン屋。街は変わっても周りに流されず、昔からの味と思いをつないでいきたいです。

(上段のパンのしか見てくれないお客さんも。「それが楽しみならそれでいい。うちはそういう人たちに支えてもらってるんで大事にしたい!」と信義さん。

木村屋さんのパンに限り錢屋カフヱー持ち込み可能です。
お皿もお貸ししますのでスタッフにお声掛けくださいね。

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木村屋
大阪市天王寺区石ヶ辻町13-20
TEL:06-6771-4107