錢屋本舗本館

錢屋塾 おおさか講座 レポート(第1回)

錢屋塾おおさか講座とは
「錢屋塾 おおさか講座」は、大阪人が大阪の良さを再認識し、
自信と誇りをもって内外に大阪を語れるようになることを目指します。
歴史的にも文化的にも価値ある要素がたくさん埋もれている上町台地を中心に大阪全体を、
あたかも埋蔵資源を発掘するように掘り起こし、再発見、再確認しましょう。
元々あるものの価値に気づき、それを今とこれからに生かしていく提案をしてまいります。

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第1回 (2019.11.9)
いくたまさんから見える大阪の通史
講師 生國魂神社権禰宜 中村 文隆氏

錢屋塾おおさか講座のトップバッターを担った中村文隆さんは実は京都のご出身。現在、権禰宜を務める生國魂神社(大阪市天王寺区)に出仕してはじめて、大阪城の立つ上町台地がかつては日本の中心だったのだと、大阪の底力を実感したといいます。脈々と受け継がれながらも見過ごされてきた、そうした大阪の財産。「大阪はすごい」という中村さんの素直な感想は、大阪の価値を再発見する集いにふさわしい第一声でした。

生國魂神社はその昔、海に突き出す巨大な半島状の岬だった上町台地の北端に鎮座していました。社伝によれば創祀は約2700年前。後に初代天皇となる神武天皇が日向(宮崎)から旅立たれて難波津(大阪湾)に到着された際、生島神(島が生まれる働き)・足島神(島が足りて充足する働き)を自らお祀りになったことにはじまるのだとか。

『古事記』『日本書紀』に記される神武東征は神話とされますが、人格神ではなく、“国土にまつわる自然の働き”という極めて古い神をお祀りしている事実からも、生國魂神社の歴史の深さは計り知れないといいます。

二柱の神は合わせて八十島大神と呼ばれ、これは“島々から成る日本列島そのものの御霊“を意味するといい、奈良でも伊勢でもなくここ大阪で、日本人の根底ともいえる神様がお祀りされてきたことはまさに驚きでした。しかも、この神様は今年最大の話題ともいえる践祚(せんそ)とも大きな関わりがあったのです。

さてその前に、神域にあった石山御坊と織田信長の争いの果ての焼失、豊臣秀吉の大阪城築城にともなう現在地への遷座を経て、町民文化の中心地となった同社の近世の歴史が紐解かれました。近松門左衛門は社前を『曽根崎心中』のワンシーンに選び、井原西鶴は境内で24時間にわたる“俳句マラソン”を敢行。上方落語の祖・米澤彦八も排出した、演芸ための小屋が200近くも立ったという境内の賑わいが、絵図などで紹介されました。つまり現在に続く私たちの娯楽、ひいては暮らしのルーツが生玉さんで誕生したというわけです。理由についても立地や時代背景を交え、興味深く解説いただきました。

そして取り上げられたのが、鎌倉時代まで継承されていたという「八十島祭」。これは践祚大嘗祭の翌年、難波津(上町台地・熊河河口)にて執り行われていたというもの。皇位継承に関する儀式に生國魂神社の祭神が深く関わっていたこと、重大な祭が大阪で行われたことなど、その意味するところに大きな関心が寄せられました。夏恒例の大阪薪能にて演能された『生國魂』には、その様子が再現されているそうです。
続く質疑応答やグループディスカッションも盛況を極めました。八十島祭をはじめとした多彩なエピソードの情報発信を含め、大阪の再起動につながるヒントについて活発な意見が交わされた後、全員で生玉締め(手打ち)にてお開き。身近な存在のはずの神社を軸に、聴講者全員が釘付けになった90分でした。

<受講者の声「今日知ったことを明日からどう活かす!?>
・仕事で外国人観光客に伝えたい
・いろんな世代の方との会話で使ってみたい
・本当のことを知ることの大切さを感じた

大阪人が大阪の良さを再認識し、自信と誇りをもって内外に大阪を発信できるようになることを目指します。
一緒に考え、学び明日からに活かしましょう!